隅田川千住大橋地区スーパー堤防
(千住隅田川テラス)全面開放について


平成29年3月25日
隅田川千住大橋地区スーパー堤防(千住隅田川テラス)が、全面にわたって一般開放されました。
地域の安全・安心をささえながら、開かれた眺望や通り抜ける風、そして降り注ぐ光によって、快適で うるおいのある 都市環境をつくりだしています。
うるおい溢れる水辺に、美しく心地いい千住隅田川テラスが誕生しました。


ポンテグランデ緑道を隅田川側に抜け、下流方向にテラスを散策しながら「千住大橋」の袂まで抜けられます。
「千住大橋」は、徳川家康が江戸に入府して間もない文禄3年(西暦1594年)に架橋されました。
当時の千住大橋の橋杭材は、伊達政宗が寄進した高野槇(コウヤマキ)の材木を利用したと言われており、明治期の洪水によって流されるまで使われ続けたという言い伝えがあります。
その後の調査によって、この高野槇の橋杭が千住大橋の橋下に残っていることが確認され、千住大橋下の千住小橋の橋上から、その遺構を確認することができます。


ポンテグランデ緑道から隅田川側に抜けたテラスの上流方向には、川の潮位の変化が観察できる小さな「入り江」や、過去の防潮堤の一部を残して利用した「記念碑」が設置されています。

記念碑には、昭和の時代からの防潮堤の歴史や、過去の台風襲来時の潮位が記されています。
その銘板の「隅田川旧防潮堤」の7文字は、千寿小学校書道教室師範の指導のもと、書道教室の生徒達8名に揮毫いただきました。
また、記念碑の銘文(写真内図示 ①と②)には、千住大橋駅周辺地区まちづくり連絡会と東京都建設局から以下の言葉が寄せられています。



「此の防潮堤は二代目で、永年の間、両岸の住民の生命、財産を守り続けてきている。
当地にスーパー堤防が築かれて役目を終えた堤防内は、千住大橋駅周辺地区まちづくり計画の名の下に開発が進められている。
公園、緑道、 千住隅田川テラス、商業施設が造られ、今後は地域住民の憩いの場として安心・安全はもとより、環境の質の向上を目指して住民自身が参画し、より良い地域を築いて行きたい。

平成二十九年三月 千住大橋駅周辺地区まちづくり連絡会」



「東京の東部低地帯には、およそ三百万人の都民が生活し、莫大な資産が集積しています。また、この地域は軟弱な沖積層に厚くおおわれ、大半が海面下となっているため、昔から多くの水害を被ってきました。
東京都は、この地域を高潮や洪水から守るため、昭和三十二年から防潮堤や水門の建設に着手し、隅田川の防潮堤は昭和五十年度に概成しました。
この防潮堤が完成して以降、水害は発生することなく、地域の安全に大きく寄与してきました。
現在、隅田川ではより安全で環境にも配慮したスーパー堤防の整備を進めており、この千住大橋地区においても平成二十九年三月に完成を迎えました。
このスーパー堤防の完成にあたり、これまで幾多の台風、豪雨から地域を守ってきた旧の防潮堤を後世に伝えるため、その一部を保存するものです。

平成二十九年三月 東京都建設局」


江戸時代から昭和、現代の隅田川に想いを馳せ、隅田川沿いを散策してみてはいかがでしょうか。